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「ああ!全て空豆か!と観客に絶望を与えてからのまさかの展開。絶望が希望へと変わる瞬間。

天からこぼれ落ちる一粒の金時豆の輝き。

あのまばゆさを演出出来るのは世界のニナガワ唯一人でしょう。」 

 評:建築家 長田修一朗(62)

演出・蜷川幸王『全部空豆』を観て

客席に座ってまず驚かされる。
すべての椅子の上に空豆、ひじかけにも両側に空豆、パンフレットにもはさまれている空豆、いつ入れられたのかくつの中にもポケットにも空豆。
しかも炊いた空豆だから会場の匂いがすごい。
絶望的な状態で開演したが、ここで席を立った7割の客はやはり間違っていた。
W主演の遠藤憲一、遠藤久美子演じるえんどう豆兄弟のかけ合いに引き込まれ、あっという間の2時間半!  ラスト、舞台中央に投げこまれた金時豆の消臭効果たるや!  どうせなら始めから金時豆を置いてほしかった。

全部空豆と僕の境地
観劇後、僕は無性に泣きたくなり、涙を堪えながら、家にあった大豆を全部炒った。
この世の全てか空豆で構築されていた世界だったことが、僕の胸を締め付けて、苦しくなる呼吸に抗い、炒った大豆を臼で挽いた。
最後の金時豆で救われた人もいるかもしれないが、僕は救われた側ではなかった。
なぜなら、僕は金時豆があの時から苦手なのだ。
僕は金時豆を見ると、中学校の同級生のふとしを思い出す。
あの豆顔のふとしだ。あのまばゆい金時豆は、確かにあの豆顔のふとしだった。
僕が、ご飯にきな粉をかけて食べていたのを小馬鹿にしたあの豆顔のふとしだ。
僕は、炊きたてのご飯にきな粉をふりかけ、怒りときな粉とご飯を噛み締め、黒豆茶で流し込んだ。あぁ、僕の幸せはここにある。

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