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次の12の食材を全て使って、恋愛(官能)小説を書いて下さい。(中級)

「きゅうり、いちご、オクラ、椎茸、鯖、豚肉、

サザエ、毛蟹、わさび、牛乳、マヨネーズ、蜂蜜」

  一年に一度の家族旅行を計画して旅行会社に相談に行くのは、一人者の私の仕事になっている。兄嫁も腰の軽いよく動く人で、手伝いを申し出てくれるが、私はいつも担当してくれる彼に会いたいためだけに“旅行を計画するのが好きだから”と適当なウソをついて必ず私が行っている。
  以前は母が旅行を計画していたが、腰を痛めてからは私がその仕事を引き継いだ。初めて行った旅行会社で担当してくれたのが彼で、新卒だった彼は慣れない身でたどたどしくも、高齢の両親や幼い甥や姪のいる大家族の旅行を親身になって考えてくれて、気がついたら恋に落ちていた。姪のオクラアレルギーや母の腰痛持ちもちゃんと覚えていてくれて、そんな誠実さも私の心を捉えて離さない。
  しかし私の一族には、結婚する相手に暗黙の条件があり、その条件に当てはまる人があまりいないため、私は学生の頃から恋に消極的だった。彼の名字が“江”であることは名札を見て知っているが、それ以外のプライベートなことは条件に当てはまるのかを知るのが恐くて全く聞けていない。あてはまるのが恐いのかあてはまらないのが恐いのか、自分でもよくわからないけれど…。
  そして数年前、いちご狩りで栃木に行った年、彼の左手の薬指にリングを見つけた。その2年後、東北に毛蟹旅行に行った年、彼はげっそりとやせて左手のリングもなくなっていた。次の年わさび沢に行った時は思い切ってプライベートな話をしてみようと思っていた。一族の暗黙の了解の条件も、兄は全く意に介さず条件を破って結婚しており、もし条件に合わなくても大丈夫、と自分に言い聞かせていた。でも結局その時に話せたプライベートな話は、朝食に蜂蜜を塗ったトーストと牛乳マヨネーズをかけたキュウリのサラダを食べたということだけだった。そして多分、形骸化している一族の結婚の条件を私は律儀に守ってしまうこともわかっていた。私は昔から真面目で融通の利かない性格だった。
  ところが今日、ひょんなことから彼が条件にあっているのかどうかが明らかになってしまった。今年の家族旅行の打ち合わせも兼ねて、実家に集まっていた時のことだ。父の双子の兄の病状が思わしくなく、旅行を急にキャンセルする可能性がある、という話になった。姉は急なキャンセルに対応できるように鯖江さんの名刺をもらっていた。夕食の豚肉の味噌漬けを食べながらその名刺を見た義理の兄がすっとんきょうな声を上げた。「サザエ、これを見てごらん。」「なあに、マスオさん。」そう言って姉が名刺を見る。「鯖江椎茸だって。おかしな名前だろう。」そういう義理の兄に姉は笑いながら、「私だって人のこと言えないでしょう。ねえ、ワカメ」と話を私に振ってきた。私は笑顔で「そうよね。」と答えながら、心の中では「なんで山の幸なんだよ!」とつっこみながら、一人失恋の涙を流していた。

  ―いけない。また私ボーっとしている。―
  手際よく商品を並べる山本君の手に見とれている事に気付いた幸子はハッと我に返った。そして誰にも見られていなかったか確認するために、そっと周りを見渡した。
  ―大丈夫。誰も気付いていない。―
  幸子は一年ほど前から駅前のスーパーでパートをしている。そこに三ヶ月前にアルバイトとして入ってきたのが大学生の山本君だった。
  最初は何も思わなかったのだが(もちろん今風のイケメンだとは思ったが)ある時、幸子が陳列中に落とした椎茸を拾ってくれたことがきっかけで、意識するようになってしまったのだ。椎茸を拾おうとかがんだ時に、山本君もちょうどかがんだところで、指先が触れてしまった。その瞬間、体中に電流が走り、幸子はまた椎茸を落としてしまったのだ。山本君は笑いながら、大丈夫ですか、と声をかけてくれたのだが、幸子はただうなずくことしか出来なかった。
  幸子は動揺していた。一回りも下の男の子にドキドキするなんて。バカバカしい。でもあの電気が流れた感じ、そう恋に落ちる瞬間に似ている。今までにも何度かあった。学生の頃、社会人の頃、そして今の夫に出会った頃。でも幸子は知っている。あの感覚はずっと続くものではないということを。その証拠に、夫にはもう何も感じない。あれは期間限定の特別な感覚なのだ。
  幸子はそれから山本君を意識するようになった。きゅうりオクラをテキパキと並べる手、いちごを包み込むようにそっと優しく丸める手。をかかえた時に浮き出る腕の血管、豚肉のしっとりとした触感を受けとめる瑞々しい手の平…。ああ、あの手がサザエをつかむ時はどういう反応をするのだろう。毛蟹を触る時は軍手で、それとも素手で―。幸子の妄想は膨らむばかりだった。
  ある日、幸子はいつものようにパートに出ていた。今日はレジの担当だ。ベルトコンベアーのようなレジ仕事をこなしていると、見慣れた手が目の前に現れた。反射的に顔を上げると山本君だった。
  ―あれ、今日はお休みじゃなかったの?―
  心の中で話しかけると、山本君は笑いながら、こんにちは、と言った。幸子もドキドキしながら、こんにちは、と返した。でも次の瞬間、当たり前のように山本君に寄り添う隣の女の子に気付いた。
  幸子は動揺を隠しながら、レジに商品を通した。わさび牛乳マヨネーズ蜂蜜…。特別ではない、ありふれた日常で使われる品物たちが、山本君と彼女の距離を教えてくれた。
  お釣りを渡す時、幸子の手は山本君の手に触れたが、もう電気は流れなかった。

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