ベトナムからの笑い声 アーカイブ
Laughing Voice form Vietnam Archive


design Shigeki MARUI
Photo(準備中)
第8回公演『ダルマカップ87』
京都に戻っての凱旋公演。初の「スポーツエンターテイメント」。だるまさんが転んだをスポーツとして捉えて情熱を燃やす「だるまさんが転んだ部」のすったもんだ。劇団員5人がすべて出演したのもこの公演から。はじめて観客動員が300人を超える。堀江洋一の才能が開花。名脇役・堀江の歴史始まる。
Data
日時 1999.7.9.(Fri.)―11.(Sun.) 4ステージ
会場 スペース・イサン東福寺(京都)
クレジット
作/黒川猛
演出/ジラフ教授
照明・音響(OP)/清水和子
制作/丸井重樹
出演
本城達磨(マスター)/黒川猛
九鬼洋二(番八)/堀江洋一
江口直子(アタック)/東川原菜緒
聞文造(アタック)/宮崎宏康
横井玩三郎(アタック)/ジラフ教授
水谷豊子(社長秘書)/鈴木芳(フリー)
中嶋浩二(弁護士)/徳永勝則(フリー)
料金 前売800円 当日1,000円
観客動員 約300人
Details
舞台は、「ファンタジー横井 株式会社」の地下倉庫。
だるまさんが転んだ部「玩具スターズ」練習場。
全日本だるまさんが転んだ選手権大会まではあと一週間。
四年前の雪辱をかけ、出場五チームのトップを目指して猛練習中。
現在部員は六人。ただでさえ二人足りないところに、現役の部員にも問題は山積み。そこに持ち上がる「パクリ商品」疑惑。部員不足に裁判沙汰。本番一週間前にして、いよいよ「玩具スターズ」大会出場の危機。
部員は揃うのか。裁判は回避できるのか。どうする「玩具スターズ」。そもそも「玩具スターズ」は、京都大学のアメフト部「ギャングスターズ」のパクリじゃないのか、「玩具スターズ」。
だるまさんが転んだを、日本唯一の国技として捉え、野球でも、サッカーでも、カーリングやセパタクローやカバディや雪合戦でもなく、何の因果かだるまさんが転んだにかける人々を描く、ベトナム初のスポーツ・エンタテイメント。
汗と、汗と、汗ばかりが流れる、馬鹿馬鹿しく無意味な笑い。
脱線に脱線を重ね、ちっとも先に進まないストーリー。
これでもかと繰り広げられるネタの数々。
構想2年。くらだらない“演劇”に人生をかける僕らと、くだらない“だるまさんが転んだ”にかける人々。いつも以上に脈絡のないストーリー展開。いつも以上にキャラクター勝負。
今回ももちろん、テーマは「笑い」です。
Director's note
先行き不安な時代らしい。いろんなモノや仕組みやしきたりが壊れはじめた。金融機関。終身雇用制。若者のモラル。日本語。共同体。これまでは学校の規則や、社会常識に従えばよかった。少なくとも、それに反発することで自分自身を確認できた。今は、だいたい何をやっても許されちゃう。
「個人の自由」。これは恐ろしい言葉で、これこそが先行きを不安にしている元凶なのかもしれない。何をやっても「個人の自由」。つまりそれは、自分が「正解」だと思えば「正解」ということ。今まではどこかの誰かが決めてくれていたのが、判断の基準は自分唯一人。だから不安になる。学校なり、会社なり、家庭なり、身をあずけるところを失って、みんな不安で押しつぶされそう。不安に耐え切れなくなって、女子高生はルーズソックスを履くのだし、やっぱり今年の7月は大騒ぎである。世紀末は来年なのに(ほんとに今年は「今世紀最後の…」とかいう世紀末イベントが多い。来年はどうなるんだろう)。
いくら価値観が多様化して、一つの「正解」を求める時代が終わったといったところで、人はやっぱり「正解」が欲しいのだろう。少なくとも、何かに寄りかかっていたいと思う。歌の歌詞みたいで恥ずかしいけど、やっぱり人は一人では生きていけないのだ。「みんなと一緒」が流行るのは、お気軽で薄っぺらいコミュニケーションしか出来ない今の人達の特徴だと思うけど、不安を解消する方法は他にもありそうだ。そこで僕らは、くだらないことに熱中してみた。無意味なことにかけてみた。
先行き不安な時代だからこそ、くだらないことや、意味のないことを大切にしたい。役に立つことや、意味のあることばかりに重きを置いて、よそ見せず走りつづけてきた結果が今だ。「そんなことやってる場合じゃないだろ」と言われるようなことやろう。よそ見しよう。一生懸命馬鹿馬鹿しいことやろう。そこに身をあずけてみよう。それは決して楽なことではないけれど、いくらかの不安は解消してくれる。…と思うけど。
今日はどうもありがとう。最後までごゆっくりお楽しみください。
ベトナムからの笑い声 代表 丸井重樹
(1999年7月)
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