ベトナムからの笑い声 アーカイブ
Laughing Voice form Vietnam Archive



design Shigeki MARUI
Photo(準備中)
第24回公演『レストラン・ザ・ペガサス』
前回がこれまでのベスト版再演ということで、脚本家の欲求が爆発し、非常に実験色の濃い6本オムニバス。特に「準決勝第2試合」は、戯曲のない作品となった。あるスポーツのベンチサイドらしき人々が、試合をしている会場に向かって指示を出したり野次を飛ばしたりするだけの作品。録音された実況と解説の声、そして舞台上の人々の様子からスポーツの内容を推測するが、全く何をやっているのかわからない…という仕掛け。ほとんど人に、「最後のやつだけ意味分かりませんでした」と言われる。
動員は、精華演劇祭を経たにも関わらず、前々回を下回る。ショック。反省。
Data
2008.8.15.(Fri.)ー17.(Sun.) 5ステージ
スペース・イサン(京都)
クレジット
脚本/黒川猛
制作/丸井重樹
秘書/山本佳世
制作助手/西河ヤスノリ、永原圭介
舞台監督/浜村修司
映像/中川剛
音楽/Nov.16
音響/小早川保隆
音響操作/児玉菜摘
照明/池辺茜
舞台助手/磯村玲子
舞台写真/仲川あい
Web予約フォーム/Confeti チケット取り置きシステム
出演
荒木千恵
黒川猛
信國恵太
徳永勝則
堀江洋一
松村康右
丸井重樹
山方由美
声の出演
新海大祐(元京都教育大学野球部投手)
山本佳世
京都芸術センター制作支援事業
料金 1,800円 日時指定割引1,500円 ペアチケット2,500円
ゆかた価格 1,200円(8/16 18:30開演回のみ)
観客動員 約320人
Details
『本気でウォーリーを探せ!』は、もし『ウォーリーを探せ!』がこんな風に作られてたら…という妄想が出発点。しかし最終的には、ストーリーやシチュエーションはほとんどどうでもよくなりました。気にせずお楽しみください。
『巨匠!ミヤザキハヤオ』は、おなじみ作家・黒川の一人芝居シリーズ。今回取り上げる作家はミヤザキハヤオ。言葉のセンスにかける作家・黒川の真骨頂。言葉遊びによって巨匠の作品がどのように生まれ変わるのか。
『ピンぼけ』は久々の社会批判、メディア批判。ただし、下ネタです。裸が苦手な人、ごめんなさい。でも、モロには見えません。見せません。たぶん。
『猫とねずみの大冒険』については、作家も代表もコメントを差し控えさせていただきます。
そして久々の超シュール作品『準決勝第二試合』。とあるスポーツの室内競技場。そのベンチサイドの様子を描きます。果たして何をしているのか。出演者はおろか、実況と解説を担当した者も、作家でさえも、完璧には把握できていない(というか出来ない)この競技、五感と六感を総動員して想像(創造?)してみて下さい。
なお、幕間の映像は『ホーリーを探せ』となっていますので、そちらも合わせてお楽しみください。
ACT1 本気でウォーリーを探せ!
人は何から逃げるのか、なぜ逃げるのか。社会がマイノリティをはみ出しているのか、それともマイノリティが社会からはみ出しているのか――。ある公園で繰り広げられる、逃げ出したいじめられっ子と彼を連れ戻す者たちの攻防、その結末は。時に笑いは偏見である。ベトナム流、人生の応援歌。ただ、励まさない。
ACT2 「巨匠!ミヤザキハヤオ」
作家・黒川猛の一人芝居シリーズ。今度の相手は、巨匠・ミヤザキハヤオ。次々と繰り出される言葉を変換して、新たな世界を紡ぎだす。姫さま、鉱夫と王女、修行中の魔女、中年の豚、奉公の少女、村の若者と山犬娘、動く城の主、それぞれの冒険譚が、どんな変換を遂げるのか。ベトナム流、真剣な言葉遊び。
ACT3 「ピンぼけ~1脱税2無罪3謝罪」
飽きもせず、繰り返される事件。その度に流れる、おなじみの映像。どの映像がどの事件なのか、次第に映像が伝えようとする事実が、ぼやけてくる。そのピントが、焦点が合う瞬間、私たちは何を見るのか。それはひょっとすると、事件の本質とは無関係な「何か」かもしれない。ベトナム流、時代批評。
ACT4 「猫とねずみの大冒険」
世界で最も有名なねずみと、日本で最も有名な猫。出会うことのないはずの二人が出会い、猫の妹を巡って対立する。時の過ぎ行くままに、避けられない出会いと別れ…。それは、私たちにとっていろんな意味で大冒険。ドタバタしないドタバタ劇。いや、ビジュアル重視、完全にコント。ベトナム流、無言劇。これ、大丈夫?
ACT5 「準決勝第2試合」
とある室内球技場のベンチサイド。準決勝第2試合。「中村製薬ビックサンダース」対「大熊自動車ラッキークローバーズ」は終盤戦。手に汗握る攻防。逆転に次ぐ逆転、一喜一憂する、監督・コーチ・控えの選手たち。勝利を手にするのは、どっちだ? ところでこれ、なんて競技? ベトナム流、ナンセンス・スポーツ・コメディ。
---Key Words
■ウォーリーを探せ
言わずもがな、ごちゃごちゃした絵の中から「ウォーリー」なる人物を探し出す絵本。
そう。「ウォーリーを探せ」は、絵本。二次元の話です。それを三次元、つまり演劇でやるとどうなるか、という実験。つまり「ウォーリーを探せ」という本が、生身の人間を使って撮影された素材を元にして作られているとしたら、という少々ややこしい設定で、話は進行する。…もちろん、話の筋は、ほとんどどうでもよいのだけど。
一つだけいえることは、ウォーリーを演じる俳優が、ウォーリーに似すぎてる、ということである。
■アンパン
『本気でウォーリーを探せ』劇中、アンパンが出てくる。
ベトナムではアンパンは若干特殊な食べ物である。ベトナムのホームグラウンドであり、今回の公演会場であるスペース・イサンのオーナー=松浦氏は、昼ご飯にアンパンを食べることで有名だ。アンパンが好きかどうかは知らない。
舞台芸術の現場では、劇場に入ってからが作品上演のための仕上げの時間で、非常に忙しいため、スタッフや俳優がのんびり昼ごはんを食べる暇がない。特に小劇場では、劇場を借りる時間を短くして使用料を抑えようとするため、とにかく時間がない。そのため、昼ご飯は弁当を用意してその場でさっさと済ますことが多い。制作の重要な仕事の一つがこの「弁当を用意する」なのだが、慣習として劇場付のスタッフにも弁当を用意することが多い。
イサンも例外でなく、オーナーである松浦さんに弁当を用意するのだが、昼ごはんは決まってアンパンを要求される。確か、一番最初に借りた時からそうだった記憶がある。弁当だと量が多すぎるから、というのが理由だったと思うが、定かではない。最初に「アンパン」と言ったものだから、それからずっと「アンパン」と言わざるを得ない…と思っているかどうかはしらないが、今日に至るまで松浦さんの昼ごはんは「アンパン」と決まっている。最近はコンビニのアンパンではなく、近くのパン屋さんのアンパンを買ってくるように心がけている。
たかがアンパン。されどアンパン。忘れようものなら、数年後の公演まで根に持って嫌味を言われるので要注意だ。第18回公演『ニセキョセンブーム』で上演した『ザ・演劇ドラフト会議』で登場した「パンチ伊藤」というキャラの説明で「伊藤の機嫌はアンパン次第」というのがあった。
■いじめ
演劇をやっている人には、いじめられっ子が多い。
演劇に限らず、芸術表現というのは、社会と自分との折り合いが上手く付けられない人がやるものだ、という話がある。社会の中に居場所がないので、社会とコミットする方法として表現活動を選んでいる。表現活動をしてなければ、犯罪者になっていた、という人も多かろう。そういう意味でも、芸術(表現)は社会にとって必要不可欠だと思う…。
話がずれたが、演劇という表現活動も例外ではなく、いじめられっ子出身(?)が多い。丸井がプロデューサーをしている「演劇ビギナーズユニット」という、演劇初心者のためのワークショップの受講生にも、「こいつは絶対に学生時代いじめられてたな…」と推測される人が多い。丸井も中学時代はいじめられていた。
もっとも丸井の場合は、明確にいじめられていた、という自覚のある出来事は少なくて、一度だけクラスで問題になったことはあったものの、3年間、それほど息苦しくなくすごしていた。ところが、中学時代のエピソードを人に話すと「それはお前、いじめやで」と言われることが多くて、「そうか、自分はいじめられておったのか」と気がついた次第である。
■トラウマ
ベトナムの芝居では、元いじめられっ子というのが割と頻繁に登場する。
代表的なのは第19回公演『ブツダンサギ』の『ずっこけ三人組~ライフ・イズ・ゲーム』の“ハチベエ”役=堀江、だろう。この時、いじめていたクラスメート=石田に対する怒りを爆発させる場面があったのだが、その様があまりにリアルで、稽古場では毎度毎度爆笑(特に丸井が) だったのだが、本番ではまったく受けず、完全に客席が引いてしまった。俳優・堀江にとってはトラウマ的出来事だ。そしてこの頃から、「丸井が爆笑しているネタは危ない」と言われるようになった。
■一人芝居シリーズ
黒川の一人芝居シリーズ。シリーズとしての最初は、第17回公演『643ダブルプレー』で上演した『官能小説を書き続ける男』。作家・黒川、として舞台に出た初めての作品だった。第二弾として発表したのが第20回公演での『文豪!アクタガワリュウノスケ』。そして、厳密には一人芝居ではないが、作家・黒川シリーズの変形として、第21回公演で『プラスワンジョーカー』を上演。第22回公演では、もともと一人芝居として構想されていなかったのだが、土壇場で一人芝居になってしまった『スパイダーマンに告ぐ』を上演した。
そして今回。『文豪!アクタガワリュウノスケ』の続編として『巨匠!ミヤザキハヤオ』が上演される。
一人芝居としては、旗揚げ公演で上演した『自殺』が最初の作品である。この作品、戯曲も残っていないし、そもそも半分以上アドリブだったので、今となっては幻の作品となった。
■アクタガワリュウノスケ
最初は公演本体のタイトルとして構想されたのが「アクタガワリュウノスケ」だった。
芥川龍之介の短編を元に一人芝居を考える、ということだったのだが、脚本が難航。「誰でも知っている文豪の頭の中。彼の小説の登場人物たちが、なぜか世相を嘆く。政治、経済、文化、モラル、乱れる世間を嘆く。嘆く先に見えてくるものは、はたして。ベトナム流不条理・コメディ。」というアイデアから、ぎりぎりになって大きく方向を転換し、小説の流れを短い単語のみで構成し、単語を変換して、まったく別の物語に作り変える、というスタイルを作り出した。
今回の『巨匠!ミヤザキハヤオ』もその手法を使う。つまり、ミヤザキハヤオの作品の物語を短い単語で構成し…。ところがここで大きな問題が。もともと、作家・黒川は芥川龍之介の短編作品が好きで、たくさんの作品を読んでいた。その世界観に共感する部分も大きくて、作品を構想したという経緯がある。ところが今回取り上げるミヤザキハヤオは、格別好きというわけでもないらしい。一応作品はDVDで一通り見たが、短編と違って何度も見直すのが難しいし、そもそも元が文字ではないので、物語の要約からして大変な作業となる。果たして本番に間に合うか?
■宮崎駿
いわずもがな、日本映画界の巨匠。
2008年夏には最新作『崖の上のポニョ』を発表。カンヌ映画祭にノミネートされる。ちなみに同時に、北野武と押井守もノミネートされたらしい。関係ないけど、みんな名字が漢字二字で、名前が漢字一字ですな。ベトナムの作家・黒川猛も、そのうちノミネートされるだろうか。
1941年、東京生まれ。アニメーションの初監督(実際には監督ではなく演出)作品は『未来少年コナン』。映画の初監督作品は『ルパン三世 カリオストロの城』。1984年に『風の谷のナウシカ』を発表し、頭角を現す。その後「スタジオジブリ」を設立、2~4年おきに新作映画を製作している。日本映画の興行記録を塗り替えたり、ベルリン国際映画祭でグランプリを受賞するなど、目覚しい活躍。
■下ネタ
ベトナムには「下ネタに勝る笑いは無い」という空気がある。
今回の『ピンぼけ』の作品のテーマも若干そこに関わっているのだが、個人的にはそうでも無いんじゃないか、と思っているのだが。もちろん、受けなかったことも多々ある。実際、劇団員はもはや感覚が麻痺している。脱ぐこともそうだし、台詞についても「そんなこと恥ずかしくて言えない」というようなことも、もはや平気で言えてしまう。しかし世の中には、下ネタが嫌いな人が少なからずいて、そういう人にはベトナムの芝居は勧められない。昔よくベトナムの衣装を頼んでいた女の子も下ネタが苦手で、自分が衣装を作った公演でさえも「恥ずかしいので見にいけない」と来なかったことが多数ある。安易な下ネタは恥ずかしい。それでもやはり「下ネタに勝る笑いは無い」…のだろうか。
■過剰な演技
今回の『ピンぼけ』のうち「脱税」の部分は、『ストロングボーズ』の『ゴレンヂャー』で挑戦した「過剰な演技を笑う」系譜の作品ともなる。「過剰な演技を笑う」系譜としては、『アントニオ009』『クローンズ』『ゴレンヂャー』とやってきたが、なかなかその面白さの本質に行き着かない。難しい笑いの系譜だ。
コントにならず、芝居として成立するかどうかは、「その演技に意味があるか」がポイントとなる気がしている。どんなに演技が過剰になろうとも、そこにきちんと意味があれば、芝居として成立し、かつ“過剰”であることが面白く思える。演技に脈絡が無く、ただの思いつきで過剰にすると、表層的な面白さにとどまってしまい、芝居としては面白くないし、成立しない。しぐさや顔や言い方が面白いだけのコントになってしまう。
■黒川からの挑戦状
『猫とねずみの大冒険』は、ベトナム史上始まって以来、脚本がない作品。
黒川が作品制作前に書いた作家による企画書には「頼んだぞ、松村、堀江」と書かれている。…投げやりか。もともと、材料だけを投げるので好きに遊べ、という作家から俳優への挑戦状のような作品構想だったのだが、最終的には黒川が構成を考え、台詞が一切無い無言劇になった。…無言劇?
■時の過ぎゆくままに
沢田研二の名曲。
自身主演のドラマ『悪魔のようなあいつ』の主題歌として、1975年発売。阿久悠・作詞。2008年7月に、阿久悠のトリビュートアルバム『歌鬼(Ga-ki)』が発売され、この曲も収録されている。歌っているのは工藤静香。それ以前にも多くの歌手によってカバーされている。
■世界で最も有名なねずみと日本で最も有名な猫
『猫とねずみの大冒険』と聞いて、ピンと来るのは、アメリカの超有名アニメーション『トムとジェリー』だろう。
強いはずのネコ(=トム)と、小さいながらも知恵と工夫で逃げ回るネズミ(=ジェリー)の追いかけっこを描いただけの作品だけれども、後のアニメーションやバラエティに多大な影響を与えていると思われる。『8時だよ全員集合!』でやられていた「パイ投げ」は『トムとジェリー』が元らしい。しかし今回の元ネタは『トムとジェリー』ではない。
黒川の頭の中には『トムとジェリー』実写版という構想はかなり昔からあったし、今回もそうなる可能性もあったのだが、結果的には「世界で最も有名なねずみ」と「日本で最も有名な猫」の話になった。「ミ」で始まる名前で親しまれるねずみと、「ド」で始まる名前で親しまれる猫の話。どうなることやら。
■熊本さんと近江さん
今回の『準決勝第二試合』で登場する、実況=熊本さん+解説=近江さんのコンビは、二度目の登場である。
初登場は『ゴッドバザー』の『まんが坂』。本編の後ろで流れていたラジオに登場している。この時のラジオ用台本は、落語、実況中継、ラジオショッピングの3本を一晩で書き上げた。作家曰く「降りてきた」らしい。確かにこのラジオ用台本は秀逸で、中でも今回の『準決勝第二試合』の元となった実況中継は、今聞いても相当面白い。
実況の熊本さんは信國が演じる。解説の近江さんは新海という男が演じる。新海は、黒川の大学時代の同期で、元京都教育大学野球部投手、というクレジットで過去にも何度かベトナムの芝居に出演している。声の出演のみならず、『G・H・Q』の『第六師団』では、「真の首領」として顔だけ出演した。完全な素人。その面白さを逆手に取る。
■外国人プレーヤー
ベトナムには野球をはじめ多くのスポーツをモチーフにしたネタがたびたび登場するが、そこに出てくる外国人プレーヤーの名前は忘れがたい。実在した選手もいるし、架空の選手もいる。たいてい名前だけ登場して、実際には出てこない。
例えば、旗揚げ公演で登場した、ドットソン。『ドッグ・オア・ジャック-改訂版-』で登場した、イギィー・ムワップ。これは当時劇団員の宮崎宏康が好演し、参加したコンペティション「キャンパスカップ’99」で観客投票による賞=アイドル賞を受賞した。そして何度となく登場している、ロインポコ。彼(?)は選手の枠をはみ出し、悪の組織のTOPにまで登りつめた。
今回『準決勝第二試合』にも数多くの外国人プレーヤーが登場している。トマソン。ブラウン。ロビンソン村田。バクロビッチ。ナブルスキー。オルドランドニクソン。…どれが架空で、どれが実在しているのか、まったくもって、不明です。
■脚本なし
今回のオムニバス5本が如何に実験的かを示すバロメーターとして、5本のうち2本に脚本が無い、ということがある。
一つは無言劇で台詞自体が無い。『準決勝第二試合』は、実況中継の台本はあっても、実際に舞台に立つ俳優たちのための脚本は無い。俳優たちは、実況される試合の模様を想像しながら、一喜一憂し、掛け声を張り上げ、見守らなければならない。しかしそもそも、何をやっているのかさっぱりわからない競技なので、具体的に想像することは不可能だ。観客が、中継と舞台上を見聞きしながら、どこまで想像できるのか。
これは、観客席との勝負でもある。
お詫び|キングコング
上演を予定しておりました「キングコング」ですが、ある漫才師の方と所属事務所から漫才上演の許諾を得ることが出来ませんでしたので、上演を取りやめることになりました。ベトナム流、ある笑いへの検証、としての上演を意図していましたが叶いませんでした。お詫び申し上げます。
Producer's note
演劇は現実の再現ではない。
どんなに精巧に舞台美術が作られていようとも、そこは作り物の“舞台の上”だからだ。演技も同様で、どこまでいってもそれはあらかじめ用意された台詞でしかない。作り物の言葉だ。だとするならば、それを「現実」だとして提示することにどれほどの意味があるだろうか。
虚構の物語を「現実だ」と言い張る前に、その瞬間瞬間に舞台上に居るのは生身の俳優で、それは紛れもない「現実」である。
演劇の演出家や俳優は、この二つの「現実」に引き裂かれる。つまり、進行している舞台上というのは、いったいどこで、演技をしている俳優はいったい誰なのか、ということだ。演劇が“死の模倣”から始まったという話はそういう意味で興味深い。生きている人は、死を真似ることしか出来ないからだ。
このような芸術は、他にない。だから今まで生き残ってきたのだし、これからも残していくべきなのだろう。ただし、社会や時代に合わせて変化は余儀なくされるだろう。逆に言えば、旧態依然とした演劇は滅び、新しい演劇だけが生き残っていく。では、新しい演劇とはなんだろう。簡単に答えは出ないけれど、少なくともその演劇は、今の社会や時代の現実と“つながっている”必要がある。
本日はご来場いただきましてありがとうございます。
最後までごゆっくりお楽しみください。
ベトナムからの笑い声 丸井重樹
(2008年8月)
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