ベトナムからの笑い声 アーカイブ
Laughing Voice form Vietnam Archive
design Shigeki MARUI
Photo(準備中)
第25回公演『タショウノハンデキャップハクレテヤル』
いろんな意味でギリギリな第25回公演。まず作品の内容がギリギリ。笑えるのか、笑ってよいのか、ギリギリ。「アームストロング将軍」では、黒川流のハンデキャップ論を。「バッティングセンター物語」は、「探偵物語」をギリギリまでパクリ、マニアックなプロ野球ネタで勝負。そして「ギリギリ・キャッツアイ」は、衣装もギリギリ、芝居もギリギリ。最後の最後まで俳優が自信を持って舞台に立つことを許さなかった。「バッティングセンター…」は松村が、「ギリギリ・キャッツアイ」では堀江が、それぞれ演出家的才能も発揮。脚本家として全ての作品の実質的演出を手がけてきた黒川の存在を脅かした。前回公演から加入した新人俳優二人が本格参戦したことも、古株メンバーに刺激となったようである。
そして今回最もギリギリだったのは制作で、忙しさにかまけてほとんど仕事できず。かろうじて動員は前回と同レベルを保つが、本チラシを作るにいられないという失態を招き、制作をクビになる。
Data
2009.1.23.(Fri.)ー25.(Sun.) 5ステージ
スペース・イサン(京都)
クレジット
脚本/黒川猛
制作/丸井重樹
秘書/山本佳世
舞台監督・特殊衣装/丸山ともき
音楽/Nov.16
音響/小早川保隆 ・児玉菜摘
照明/橋本千英(TDF)
舞台写真/仲川あい
Web予約フォーム/シバイエンジン
出演
荒木千恵
黒川猛
徳永勝則
西河ヤスノリ
堀江洋一
松村康右
山方由美
京都芸術センター制作支援事業
料金 1,800円 日時指定割引1,500円 ペアチケット2,500円
観客動員 約320人
Details
いつにも増してアブナイ3本オムニバス+おまけ公演。
新たな"笑い"を探求する実験は続く。
笑えるのか? 面白いのか? 大丈夫なのか?
いろんな意味でギリギリ。
ギリギリセーフか、ギリギリアウトか。
観客をヒヤヒヤさせながら境界線上を疾走し、駆け抜けて煙に巻く、新春公演。
ギリギリの笑いを目撃してください。
そして笑ってみてください。
ACT1 アームストロング将軍
とある悪の組織のアジト。夜中に起こった一つの事件をきっかけに、自分の身体が抱える宿命を呪う怪人たちの元に、敵(=正義の味方?)が現れ…。よく分からない戦いのために、様々な改造を余儀なくされた怪人たちの悲哀を描く。ベトナム流、人情(喜)劇。笑える資格なんか、ない。
鉄球が発射される右腕。電気を放電する身体。あらゆるものを溶かしてしまう唾液。なにものをも跳ね返す鋼鉄の身体。その身体は個性か。あるいはハンデキャップか。偽善で溢れる現代を、鋭く切りとる、作家・黒川、渾身の一作。
ACT2 バッティングセンター物語(舞台版)
「バッティングセンター物語」は、テレビドラマである。主人公は探偵・青田兆治。とぼけたキャラクターとは裏腹に鋭い視点で真相に切り込み、どんな事件もどうにか解決。今日も青田の名調子が冴え渡る。ベトナム流、探偵物語? スリルもサスペンスも、トリックも、ない、けど。
これまで、作家・黒川の一人芝居はシリーズ化されるほど上演してきたが、今回は、俳優・松村康右の一人芝居。劇団では初の試みとなる。松田優作の「探偵物語」を完全にパクルが、内容は「探偵物語」とは似ても似つかない。得意の“野球ネタ”。
ACT3 ギリギリキャッツアイ
七年前、世間を騒がせた美人三人姉妹がいた。長女・泪、次女・瞳、三女・愛。彼女らは“キャッツ・アイ”を名乗る盗賊団だった…。七年ぶりに再会する三姉妹を待ち受ける、衝撃の過去と現在とは。ベトナム流・80年代風トレンディドラマ。ふざけてなんか、いない。We get you !
今回最大の実験作となるかもしれない、危険な作品。ギリギリな中でももっともギリギリ。衣装がギリギリ。何より、芝居がギリギリ。歯の浮くような台詞と背筋も凍る仕草やシチュエーション。極めつけは歌…。俳優も、客席も、この芝居に耐えられるか?
ACT4 奇跡の瞬間
新春おまけ公演。作家・黒川の一人芝居シリーズ。台本無し。出たとこ勝負で挑む、いちかばちかのお楽しみ。年の始めの運試し。「奇跡の瞬間」が訪れた時は、どうか盛大な拍手を。…これはもはや、演劇では、ない。演芸です。
---Key Words
■悪の組織
『アームストロング将軍』は、第16回公演『G・H・Q』に引き続いて「悪の組織」をバックボーンにしたお話。
前回は明らかに「仮面ライダー」を想定していたのに比べて、今回“敵”の設定はアバウトである。ちなみに今回の設定では、夜中になっており、登場人物たちは呑気に寝ているところを起こされた、ということになっている。そして“敵”もやはり、夜中にアジトへ攻めてくるのだった。そういう意味では斬新だ。
それにしてもベトナムは、特撮モノが好きだ。第2回公演『タイガーマスク』は、戦隊モノのショーをやっている人たちの話だったし、第12回公演『ハヤシスタイル』では、「ウルトラマン」と「ロボコン」まがいの番組を撮影する撮影所の話だった。既述の第16回公演『G・H・Q』の後も、第17回公演『643ダブルプレー』の「魔法少女チヅコ」は、「美少女仮面ポワトリン」の衣装をぱくったし、第21回公演『ストロングボーズ』では、「ゴレンジャー」を思わせる人たちの話だった。
■怪人
怪人とは、"敵"と戦うために拉致された人間が何らかの改造を施されて、武器なり特徴を与えられた者たちのこと。
やはり第16回公演『G・H・Q』では「ダルマ男爵」なる怪人が登場した。文字通り、ダルマの格好をしているのだが、倒れても倒れても起き上がり、寝っ転がることが出来ない。彼は今回、台詞の中で登場する。その他「エビキラー」「木村男」が登場した。
「木村男」は相当気持ち悪くて(宮崎宏康デザイン)、男と“木村さん”のかけ合わせ怪人である。…お腹の辺りから、“木村さん”の上半身が生えている、という状態。本人も、その人格がもはや誰なのか、わけがわからなくなっているのだった。
■大仰な演技
最近のベトナムの演技論(笑いの手法)は、この手を使うことが多い。
つまり、若干オーバーに演技をして、笑いをとるというものだ。その系譜は、第14回公演『ゴッドバザー』で試した「アントニオ009」まで遡る。劇画的、漫画的な芝居を、ライブでやるとギャグにしか見えない。前回公演『レストラン・ザ・ペガサス』の「ピンぼけ~1脱税」でも、この手法は使われていた。
しかし今回は、単に“やりきる”だけではなく、リアルとの境界を探る実験も行っている。つまり、作品紹介にもあるとおり、人情(喜)劇としてもギリギリ成立させるラインを指向している。果たして上手く伝わるか。
■松田優作
松田優作は、作家・黒川の好きな俳優の一人である。
第10回公演『モロッコ』でも、松田優作をモチーフにしたキャラクターを登場させているし、その物語自体も「探偵物語」を参考にしている。しかし『バッティングセンター物語』では、もっとモロに「探偵物語」のイメージを借用している。
台詞回し、衣装、そして音楽。松村がどこまで松田優作に近づけるのか、それもこの作品の見所の一つである。意外に、似てます。
■野球ネタ
『バッティングセンター物語』の雰囲気は「探偵物語」ですが、内容は完全にプロ野球ネタ。そのマニアックさは、第18回公演『ニセキョセンブーム』で上演した「ザ・演劇ドラフト会議」にも勝るとも劣らない。
「空白の一日」「10・19」「私がルールブックだ」…、このあたりのプロ野球ネタにピンと来る人は、まだついてこれるかも。分からない人は……。ごめんなさい。
■キャッツアイ
1983年~85年にかけて放送されたアニメ。原作は北条司の漫画。杏里の歌う主題歌はあまりに有名。
長女・泪(声=藤田淑子…一休さんを演じていた声優)、次女・瞳(声=戸田恵子…アンパンマンや、「機動戦士ガンダム」のマチルダ少尉など声優のほか、三谷幸喜作品の映画や舞台などにも出演)、三女・愛(声=坂本千夏…宮崎アニメ「となりのトトロ」のメイを演じた声優)。言うまでもなく、このアニメのパロディである。ご存知の通り、美人三姉妹であるキャッツアイの衣装はレオタード。
なお、この作品はテレビドラマ化、実写映画化もされている。それぞれ三姉妹は、MIE(ピンクレディー)・早見優・立花理佐、藤原紀香・稲森いずみ・内田有紀、だったそうだ。
■80年代風トレンディドラマ
「ギリギリキャッツアイ」のテーマは、トレンディドラマ風の演技は面白いのか? ともいえる。
大仰な演技とは、少し違う。「おまえそれ、かっこいい(かわいい)と思ってるんだよね?」という仕草、台詞回し、それらを舞台上でやることで面白いことになるのではないか、という試みである。ただし、ところどころに、仕掛けは仕込んでいる。俳優たちが真剣に“トレンディードラマ”を演じれば演じるほど、その仕掛けが利いてくる。
80年代のトレンディドラマといえば、「男女7人夏物語」「君の瞳をタイホする!」「世界で一番君が好き!」などが思い起こされる。女優では浅野ゆう子、浅野温子の「W浅野」、山口智子、鈴木保奈美。男優では石田純一、三上博史、柳葉敏郎、陣内孝則、「平成御三家 (トレンディ御三家)」と呼ばれた織田裕二、吉田栄作、加勢大周らが特に活躍した。
■歌
「キャッツアイ」をやるからには、歌わないわけにはいかない。
というわけで、今回は歌います。劇中で本格的に歌を歌うのは、第20回公演『サンサンロクビョウシ』の(エセ)ミュージカル以来だが、さすがにカラオケなどで何度も歌ったことがあるからか、今回の歌唱自体にはそれほど問題はない。
…問題は、歌っている俳優と客席が耐えられるかどうか、だ。
■大喜利
元来は、寄席において観客へのサービスとして行われていたもので、最後の演目として複数の出演者が再び登場し、観客から題目をもらって互いに芸を競い合う余興であった。これはコンサートなどにおけるアンコールに相当し、現在の演芸の舞台でもよく耳にする「お客様方のご機嫌を伺いたいと思います」というフレーズは、このサービスという観念に由来するものと思われる。
大喜利という名は能・浄瑠璃・歌舞伎といった古典芸能の舞台で、最後の演目を意味する言葉として使われる「大切り」に由来する(「切り」は「ピンからキリまで」の「キリ」で、最後の意)。「喜利」は客も喜び、演者も利を得るという意味の当て字である。現在「大喜利」といえば、テレビ番組『笑点』(日本テレビ)のコーナー「大喜利」がイメージされるだろう。またここから派生して、多くのバラエティ番組やお笑いイベントなどでは「大喜利形式」と称し、お笑い芸人やタレント、落語家達が用意された様々なお題に対して、面白い回答を出し合い、互いのお笑いセンスを競っている。良い答えを出した人に座布団が与えられるシステムやフリップや小道具等の使用なども「笑点」によって一般的になった形式である。
(フリー百科事典ウィキペディアより)
■アドリブ
ベトナムでは、アドリブ芝居はほとんど行われない。
それは、アドリブがいわゆる“演技”でなくなってしまうことが多く、芝居がコントになってしまうからというのと、単にベトナムの俳優がアドリブに弱い、という二つの理由からなる。後者の理由は、前回公演『レストラン・ザ・ペガサス』の「準決勝第二試合」において証明された。
にもかかわらず、黒川が完全なアドリブに挑戦する。バッファロー吾郎の木村さんが主催している「ダイナマイト関西」という大喜利があるが、そこへの参戦も視野に入れているのかもしれない。実際、小劇場関係者としては、ヨーロッパ企画の上田誠さんや、デス電所の竹内佑さんも参加している。
Producer's note
今回のテーマは「ギリギリ」である。
公演としては25回目、1996年10月の旗揚げから早いもので12年が経った。
それでもなお、テーマが「ギリギリ」である。
前回公演から、新人が二人加入した。
その他の俳優は、数年のズレがあるにしても、もうずいぶん長い付き合いになる。
脚本家・黒川の脚本(そしてその文体)にも、ずいぶん慣れてきた。
ある俳優がそのことを、部屋に例えて、目隠しをしていても、広さや空間、ものの配置なんかが分かるようになってきた、と表現していた。しかし今回、俳優たちは最後まで迷っていた。本当にこれは面白いのか? 演技に“正解”はないとしても、しっくりくる、というところまで辿り着かないらしい。それは稽古不足なのではない。テーマが「ギリギリ」だからなのだ。
現代芸術の役割の一つとして、既成の価値観を疑う、ということがあるように思う。
ベトナムは常に、いろいろな“境界線”上を爆走するスタイルで「それは笑えるのか」ということを試してきた。
今回も、そのことに変わりはないし、これからも変わらないだろう。
テーマは「ギリギリ」だというまでもなく、これまでも、これからも、「ギリギリ」であることは変わりない。
本日はご来場いただきましてありがとうございます。
最後までごゆっくりお楽しみください。
ベトナムからの笑い声 丸井重樹
(2009年1月)
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